自動運転の進化を支えるセンサーフュージョン

ADAS(先進運転支援システム)技術は、緊急ブレーキ、前方衝突警告、死角モニタリングなど、重要でタイム・センシティブなアプリケーションへと拡大しています。複数のセンサから取得したデータを組み合わせることで、信頼性の高いリアルタイムな決断をくだし、より安全な自動運転が可能になります

27 6月 2022

道路標識を読み取ることから、車線内の走行を維持することまで、AI (人工知能) 支援型の各種カメラはすでに、自動車のいっそうのスマート化と安全向上に寄与しています。ところで、霧が立ち込め、ドライバーの視界が低下するのと同様に、カメラのビジョン情報も不十分な場合は、どうなるでしょうか?

「物体認識に関してカメラには優れた点もありますが、悪天候時や夜間はそれほど良好ではありません」と、TI の ADAS (先進運転支援システム)  部門責任者である Miro Adzan は語ります。「ただし、雨、雪、霧の状況でも、レーダー・センサは引き続き動作します。運転支援システムは、多様なセンサを搭載する必要があります。そうすれば、自動車はそれら多様な技術の利点を最大限活用できるからです」

多様な種類のセンサの強みを活用する、という考え方は、単純に条件やアプリケーションに応じ、それらのセンサを切り替えるというだけではありません。晴天で視界がクリアな時、カメラが物体の詳細に関してより強力なのは事実ですが、レーダーは物体との距離をより高い精度で測定できるという特長があります。

これらのシステムは拡大を続けており、非常に重要かつ時間に制約のあるアプリケーションも対象になっています。たとえば、緊急ブレーキ、自動パーキング、前方衝突のアラートと回避、ブラインド・スポット検出などです。設計技術者はこれらの多様な情報源を融合し、単一の全体像を提示して、信頼性が高いリアルタイムな決定を下せるようにする必要があります。

「自動パーキングの場合、カメラ、レーダー、時には超音波センサから取得したデータを組み合わせ、周囲に何があるのか高精度の検出結果を自動車に伝える必要があります」と、TI の Jacinto™ プロセッサ部門責任者である Curt Moore は語ります。「これらのセンサはいずれも、単独では十分な高精度とは限りません。ただし、それらを組み合わせることで、自動車の周囲にある全体像をより高精度で取得できます。その結果、破損を引き起こすリスクなしで、より正確な場所に駐車することができます」

車載センサの増加

米国で製造されている自動車のうち 93% 近くは、少なくとも 1 個の ADAS 機能を搭載しています。また、自動型の緊急ブレーキは、2021 年 9 月までに米国の新車の 99% にわたって標準で設定されています。1

この変化をもたらした原動力は、コストの削減と、TI のミリ波レーダー・センサなど各種センサの小型化です。このミリ波レーダー・センサは、レーダー・システム全体をコインと同程度の大きさの 1 チップに統合しています。

「10 年前は、サイズ、コスト、複雑さが原因で、レーダーを使用していたのは軍用のアプリケーションがほとんどでした」と、Miro は語ります。「しかし、現在は、レーダーは自動車の標準的な要素になりつつあります」

手ごろなセンサの増加は新しいアプリケーションが登場する機会をもたらすと同時に、ADAS エンジニアには新しい各種課題をもたらすことになります。それらのエンジニアは、すべてのプロセスを集約してそれらを効率的に処理するシステムを設計することに加え、手ごろな価格設定と電力に関する厳格な制約を満たす必要があるからです。

通信に関する課題

シングル・センサ ADAS システムの場合、センサの情報を直ちに使用できるようにするには、物体検出に関する事前処理データをセンサの近くに配置することになります。一方、センサ・フュージョンを実現するには、未加工の高分解能データを集中型ユニットへ即座に送信して処理を任せ、環境に関する単一かつ高精度のモデルを生成する必要があります。このモデルは、自動車が衝突を防止するのに役立ちます。

「あらゆるデータがこれらのセンサ・ノードから流入する状況で課題となるのは、これらすべてを確実に同期化することです。そうすれば、自動車は周囲で何が起こっているのか理解し、重要な決定を下すことができます」と、TI の FPD-Link™ 製品部門責任者を務める Heather Babcock は語ります。「同期化したデータをリアルタイムに転送するには、高帯域幅で無圧縮の転送能力を確保することが重要です。仮にデータを圧縮すると、遅延が発生してしまうからです」

TI の FPD-Link 通信プロトコルは、当初はグラフィックス・プロセッサからデジタル・ディスプレイへデジタル・ビデオ・ストリームを転送する目的で製作されたものです。現在は、シンプルで容易に取り回しのできるケーブルを使用し、数メートルの距離で大量の無圧縮データを転送するための設計を採用しています。

「一方の側で何らかの標準プロトコルと FPD-Link シリアライザを使用することになります。このシリアライザは、非常にセキュアかつ信頼性の高い独自エンコーディングを使用してデータ・ストリームを変換します」と、Heather は語ります。「もう一方の側では、これに対応するデシリアライザを組み合わせます。このデシリアライザは元の形式を再構築し、TI の製品ラインアップがサポートしているさまざまなインターフェイス・プロトコルを使用してそのデータを転送します」

より効率的な意思決定の実現

このデータが集中型プロセッサに到達した時点で、自動車の周囲を表す統合型モデルにこのデータを組み合わせるには、通常は演算集中型の信号処理機能とディープ・ラーニング・アルゴリズムが必要になります。その結果として、必要な電力入力と、熱出力が増加します。

自動車には物理的な制約があるので、バッテリや冷却用インフラストラクチャのサイズと重量には厳格な制限があります。したがって、ADAS エンジニアは、これらのタスクをできるだけ効率よく実行できるようにプロセッサを専用設計する必要があります。

TI の Jacinto プロセッサは、専用の DSP (デジタル信号プロセッサ) と複数の行列乗算コアを組み合わせています。このプロセッサは、業界で入手できる製品としては最小クラスの消費電力で済むほか、最大 125℃ の温度でも動作します。

「DSP とプロセッサを 1 個の SoC (システム・オン・チップ) に統合することで、非常に多くの利点を実現できます」と、Curt は語ります。「この統合を実施しない場合、それぞれが独自のメモリと電源を必要とするので、システム・コストが上昇します。また、これらの素子の動作を 1 チップに統合する結果、遅延の短縮も実現できます」

電力効率の優れたプロセッサに加えて、TI の車載認証取得済みパワー・マネージメント IC (PMIC) には、センサ・フュージョン、複数のフロント・カメラ、複数のドメイン・コントローラに関連して機能安全への対応という特長があり、自動車内で全体の電力効率と機能の改善につながります。

個別の構成要素の利点以外に、TI の各種 ADAS 製品が形成するエコシステム全体は、シームレスな互換性を重視した構造を採用しているので、自動車メーカー各社は総合的な製品ラインアップから適切な製品を選択するとともに、個別の自動車の要件と価格ポイントに応じてスケール化 (能力強化または価格低減重視) することが可能です。

「TI には、自動車の多様な課題を考慮し、対応できるように設計されたADAS というジグソーパズルのすべてのピースが揃っています。」と、Miro は語ります。「その結果、TI のお客様は、より低い難易度でシステムを設計できます」

1.) https://www.aaa.com/AAA/common/AAR/files/ADAS-Technology-Names-Research-Report.pdf