小さな衛星がもたらす大きな進歩

信頼性の高い TI の宇宙グレード・パワー・マネージメント・デバイスは、スマート化と小型化を推進した次世代の人工衛星への電力供給を支援し、NASA のエンジニアが私たちの住むこの宇宙をいっそう的確に理解するのに役立っています。

26 4月 2021

TIの宇宙グレード・パワー・マネージメント・デバイスを採用すると、航空宇宙分野のエンジニアは宇宙ミッション向けの先進的なオンボード・コンピューティング・プラットフォームに電力を供給することができます。小型の各種衛星がインテリジェンスを強化し、自律型の宇宙船で AI (人工知能) を実現できる可能性を高めることができるように、TI は支援を続けています。

米国の宇宙探査機である OSIRIS-REx (オシリス・レックス) は 2 年間の宇宙飛行を経て、2018 年 8 月に小惑星 Bennu (ベンヌ) への接地に成功し、表面にある物質のサンプルを収集しました。この探査機のプロセッサは、ミッションの制御センターに映像を送信する方法で地球との通信を実現し、それによって NASA の担当部門はこの宇宙船を誘導し、安全な着陸場所を特定することができました。

この任務は困難なものでした。サイズの制約が課され、宇宙の過酷な環境にさらされるこの探査機は、私たちが毎日の生活で使用している各種エレクトロニクス機器に比べると、限られた計算 (コンピューティング) 能力を搭載しているのみでした。オシリス・レックスのオンボード・ビジョン処理システムと危険回避システムは、数分ごとに 1 回ナビゲーション情報を更新するという限定的な能力のみを搭載していました。地球とベンヌの間の 2 億マイル (3.22 億 km) の距離にわたる送信には 18 分の時間を要するので、この種の通信では往復に多大な待ち時間が生じることになります。

NASA には致命的な障害を許容する余裕がないので、NASA のエンジニアは通常、地球のような保護層が存在しない環境に十分耐えることのできる耐放射線強化型のチップを採用します。ただし、この場合は電力密度が低下するというトレードオフが伴います。

高性能の計算 (コンピューティング) オプションを要する各種ミッションは、宇宙空間に対応した新しい種類の各種プロセッサ、およびそれらに電力を供給する新しい方法を必要とします。そのため、新しいパッケージング手法により高性能と高い電力密度を重視して最適化された、TI の宇宙グレード・パワー・マネージメント・デバイスを採用することになりました。

「耐放射線強化型デバイスは、問題なしで動作することを重視した設計を採用しています」と、NASA の Goddard Flight Center (ゴダード・フライト・センター) でエンジニアを務める Nicholas Franconi 氏は語ります。「問題は、そのような製品の処理能力が通常、商業用プロセッサに比べて 10 年ないし 20 年遅れていることです。そのため、私たちは新しい方法論を策定することを決定しました」

大きな野望を秘めた NASA の小型プロセッサ

NASA はこの決定に基づき、高性能なオンボード・データ・プロセッサである SpaceCube™ という独自ファミリを製作することになりました。NASA の SpaceCube の中核にあるのは、商業用の FPGA (フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ) であり、NASA が従来まで使用してきた耐放射線強化型プロセッサに比べて数百倍の能力強化を実現した IC です。

SpaceCube の FPGA は強力なので、地上通信からレーダーまで、従来は個別プロセッサを必要としていた複数の各機能を実行するように再プログラムすることもできます。それによって SpaceCube は、部品点数とサイズの両方を制限することを重視する小型衛星への実装に高い適合性を発揮します。SpaceCube の最小バージョンは v3.0 Mini であり、そのパッケージは 10 x 10 x 10cm 未満というサイズに収まります。一般的なルービック・キューブよりわずかに大きい程度です。

Javier Valle は TI の航空宇宙電源システム・マネージャとして、SpaceCube v3.0 向けパワー・マネージメント・システムの設計を支援しました。また、このプロジェクトについて、「これまで目にした中でも非常に大きな野望を秘めた小型衛星プロジェクト」と表現しています。

小型でも強力なパワー・マネージメント・システム

高性能の計算 (コンピューティング) 能力をこのような小型の立方体に封止するには、宇宙対応の FPGA に電力を供給するための新しいアプローチが必要でした。高性能とは、パワー・マネージメント・システムへの要求が大きくなることを意味する、と Javier は説明します。小型の衛星に搭載される、サイズの制限された発電 / 電力供給システムでこれらの要件を満たすのは、難易度の高い作業でした。

「各衛星がオンボード・コンピューティングの処理能力を強化するにつれて、航空宇宙分野のエンジニアは衛星のサイズを大きくせずに、より多くの電力をエレクトロニクスに供給する必要が生じます」と、彼は説明します。「TI の宇宙グレード電源製品は、超小型のフォーム・ファクタでこのニーズを満たし、市場で最大クラスの電力密度を達成します。宇宙向けの各種アプリケーションは通常、密閉型のセラミック・パッケージに封止された部品を必要としますが、そのようなパッケージは電力効率を低下させる可能性があるので、TI のエンジニアはソリューションを小型化しながら電力と性能両方の能力を強化するために、新しいパッケージング手法を開発する必要に迫られました」

SpaceCube v3.0 の電源システムは、かなり大きな電力を高い効率で供給するとともに、部品の経年変化や放射線による干渉が発生する状況であっても、長期間にわたって一貫性を維持する必要があります。

「特定の状況では、この FPGA コアに印加する電圧を約 1V ±4% に設定する必要があります」と Javier は説明します。「仮にこのコア電圧が 4% より大きく降下した場合、FPGA は再起動する可能性があり、その場合はそれまでにキャプチャしたデータすべてを失うことを意味し、結果として FPGA を再プログラムする必要が生じます。一方、このコア電圧が 4% より大きく上昇した場合、その振幅によっては FPGA に永続的な損傷を招く可能性もあります。TI の宇宙グレード・ポイント・オブ・ロード降圧コンバータである TPS7H4001-SPは、非常に放射線量の多い環境も含め、FPGA で必要とされる大電流とともにこのような電圧レギュレーション要件を満たす初めての製品です」

SpaceCube v3.0 に関する NASA の計画の一部は、この製品を使用して自律型の宇宙船に搭載したオンボード AI の能力を強化し、衛星の維持と再加速を実現しようというものです。将来、月や火星の周回軌道を飛行する衛星が、それらの地表から採取した資源を活用し、長期間にわたる宇宙探査ミッションへの再加速を実現する、という可能性すら想定できます。

「私たちが SpaceCube を送り出した最初のミッションは、Hubble (ハッブル) 宇宙望遠鏡の保守ミッションと協調して実験を行うというものでした。この状況で SpaceCube はオンボード搭載した姿勢制御アルゴリズムのデモを行いました。これは将来的に、ハッブルとの自動的なドッキングへとつながる可能性があります」と、このプロジェクトで NASA の主任エンジニアを務める Alessandro Geist 氏は説明します。「仮に従来の標準的な耐放射線強化型コンピュータを使用した場合、この操作を実行するには 25 台のコンピュータを必要としたはずです。その場合、重量と電力の要件が大きすぎ、事実上実現できなかったはずです」

商用部品と耐放射線強化型部品を、TI の耐放射線強化型電源ソリューションと組み合わせる方法で、SpaceCube v3.0 は宇宙空間でも AI を活用できる可能性の扉を開きました。これは NASA の各ミッションに活用できるほか、低い打ち上げコストと小型衛星テクノロジーという利点を活用する私企業が宇宙関連事業を拡大する流れを後押しする可能性もあります。

TI の新しい宇宙用強化プラスチック製品ラインアップをご確認ください (英語)。これらは各種耐放射線性デバイスで構成されており、NewSpace (民間などの宇宙開発) や商用の地球低軌道 (LEO) のようなアプリケーションに向けた設計を採用しています。
 

「小型衛星の利用は単純な用途に限られる、という誤解があります」と Javier は言います。「しかし、TI の各種宇宙グレード・デバイスを採用した SpaceCube プロジェクトは、より大型の衛星を使用する場合と同様に多くの機能を利用できることを明らかにしました」